大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(行コ)31号 判決 1994年6月29日

控訴人

江菅洋一

右訴訟代理人弁護士

武村二三夫

大澤龍司

後藤貞人

高木甫

藤田正隆

被控訴人

大阪府知事

中川和雄

右訴訟代理人弁護士

宇佐美明夫

森戸一男

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和五九年一〇月一五日付けでした公文書部分公開決定(北特建第一〇〇号)のうち、原判決別紙処分目録記載1の「非公開決定部分」についての決定を取り消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  事案の概要は、原判決が示しているとおりである。

三  争点に対する判断の前提事実は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決が示しているとおりである(一四枚目表九行目〜二三枚目裏一〇行目)〔編注・本誌八一一号一〇三頁二段三〇行目〜一〇七頁一段二二行目〕。

(1)  一四枚目表末行の「第三六号証」の次に、「第二九八ないし第三〇〇号証、第三〇二号証」を加える。

(2)  同裏一行目〔同一〇三頁二段三二行目〕の「各証言」の次に、「(いずれも第一審)、証人西光義の証言(第二審)」を加える。

(3)  二二枚目裏五行目〔同一〇六頁三段三〇行目〕の「三日」を「三月」と改める。

(4)  同末行〔同一〇六頁四段一二行目〕の「「ダム建設ゴー」という見出しの新聞報道が」を、「「ダム建設ゴー」、「安威川ダム建設は可能」などとの見出しの新聞報道が昭和六〇年五月一五日から一六日にかけて」と改める。

四  本件非公開情報(原判決三枚目表四行目〔同九九頁一段一三行目〕参照)が、本条例(大阪府公文書公開等条例。昭和五九年大阪府条例第二号)八条四号に該当するかを判断する。

1  同情報が同号前段に該当するのは、原判決で示されているとおりである(二四枚目表一行目〜二五枚目裏五行目〔同一〇七頁一段二八行目〜四段二〇行目〕)。そこで、以下に、同号後段の「公にすることにより、当該又は同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ」(本件非公開情報の同号後段の該当性)があるかを判断する。

2  被控訴人は、この要件の判断は一次的には実施機関にゆだねられており、実施機関の広範な裁量下にあると主張するが、本条例は、公開しないことができる公文書について規定しており、所定の要件の存否が、非公開処分の取消訴訟で審理判断されるのはいうまでもない。そこで、八条四号後段所定の要件が本件処分時に存していたかが、本判決の判断対象となる。

本件各文書の内容は、右の1で引用した原判決が認定するとおりである。すなわち、要点を摘記すれば、ボーリング調査にあっては、地表面下、深いところで一二〇メートルの範囲までの岩石をサンプリングするなどして、岩盤の種類、強度、厚さ、色、割れ目の状況、地下水位等を調査し、ボーリング孔を利用した透水試験にあっては岩盤の透水性を調査し、横杭調査にあっては技術者が横杭に入って岩盤の種類、強度、厚さ、割れ目の状況、断層の位置、方向、傾斜角度、断層粘土の厚さ、色、複数の断層の相互関係、種類が異なる岩盤の接触面の状況、湧水状況等を調査し、弾性波探査にあっては発破等による人工地盤から岩盤の弾性波速度を調査し、岩石試験にあっては、岩石の比重、強度等と共に顕微鏡観察による岩石の構成要素である鉱物の種類、構成割合を調査して、その結果が記載されているというのであり、縮尺五〇〇分の一に表示した詳細な図面である(弁論の全趣旨)。

右のように認められる本件各文書の内容からすると、本件非公開情報は、専門家が調査した自然界の客観的、科学的な事実、及びこれについての客観的、科学的な分析であると推認されるのであり、その情報自体において、安威川ダム建設に伴う調査研究、企画などを遂行するのに誤解が生じるものとは考えられない。被控訴人は、一部の限定された調査結果のみから全体が推測され、誤解を招くおそれがあると主張する。なるほど本件処分時にあっては、安威川ダム建設の調査の途中ではあった。しかしながら、本件非公開情報は、外部の地質調査専門会社に外注して得られたのであって、それ自体としては完結した地質調査結果であり、大阪府の純粋な内部文書ではない。たとえその調査結果がダム建設のためのものとしては一部のものであるとしても、その調査報告書は、そのことを前提にして評価されるべきものであるし、またそのようにしか評価できないものである。したがって、本件各文書が全体調査の途中における調査結果であることから、本件非公開情報を公開することによる誤解が生じるものとは認め難い。

本件各文書の中には、調査地域の本件ダムサイト予定地としての適格性についての比較検討、調査地域のダムサイト予定地としての問題点の整理と今後の調査指針も記載されている部分があるようであるが、次に判断を加える点以外に、この部分の公開が、いかなる態様で安威川ダム建設に伴う調査研究、企画などに著しい支障を及ぼすおそれがあるかについての主張立証はないところである。

被控訴人が四号後段該当性の事実として主張する誤解というのは、主に、公開によって、本件ダムサイト予定地の地元住民の間で、大阪府が安威川ダムの建設を積極的に推進させる立場を貫くものと解釈されるに至ることを指しているようである。しかしながらまず、引用した原判決認定の前記事実関係(特に二二枚目裏四行目から二三枚目表三行目〔同一〇六頁三段二七行目〜四段一八行目〕)に照らしても、地元住民が安威川ダム建設が既成事実化することを懸念し、大阪府に不信の念を抱いたのは、たかだか、昭和六〇年三月に控訴人の異議申立てが認められて、生保自治会長と大阪府北部特定事業建設事務所長との間、及び、大門寺自治会長と右事務所長との間にそれぞれ取り交わされていた覚書が公開されたことと、「ダム建設ゴー」などの見出しの下の新聞報道(前記付加、訂正済みの原判決二二枚目裏末行〔同一〇六頁四段一二行目〕)があったことに起因したのにすぎないものと認められ、本件非公開情報が公開されようとすることに起因したものとは容易に認め難い。

確かに、右の原判決認定事実にあるように、地質総合解析報告書や本件覚書が公開されたことなどにより、地元住民の大阪府に対する不信感が広がり、これらの公開は地元の意向を無視するものだとして、安威川ダム建設に係る交渉を一切受け付けないことが通告されている。しかしながら、安威川ダム工事の工程は本判決別表に示したとおりであり(原審の昭和六一年六月一二日付け被控訴人準備書面添付のもの。記録一一八丁)、地元住民との折衝と、ダムの調査、設計とは別の手続の流れに位置付けられていることが弁論の全趣旨から明らかである。そして、本件非公開情報に係る調査は既に実施されているのである。そうである以上、それに付随する手続が進行すべきことは、ダム建設事業の流れにおいて必然的に予定されているのであって、本条例が制定されている以上、本件非公開情報の公開も、他の要件が充足される限りにおいて、この必然的に予定されている行政の流れに沿うものとして、被控訴人が主張する地元住民の生活再建対策や補償などの問題とは別途に遂行されるべきものというべきである。

付言するに、本件各文書公開に対する地元住民の反対は、公開は、大阪府が安威川ダム建設準備を肯定していることを印象付けているとの感情論からきているものにすぎないといえよう。このような感情論は、本件各文書が公開されることに動機付けられているとはいえても、その公開の可否と必然的な関連性を持つものではなく、地元住民の生活再建や補償対策は、あくまでも本件各文書の公開とは別途策定されるべきものである。

3  被控訴人は、本件各文書中の担当者名が公開される場合には、調査会社の担当者が不当な圧迫を受け、ひいては調査機関の確保に支障を及ぼすこととなる可能性があるとも主張するが、調査結果自体において政治的要素を含むものでないことは明らかなので、右主張に係る可能性は、憶測の域を超えるものとは認められない。

4  したがって、被控訴人主張の事実関係をもってしては、本件処分時において、本件非公開情報を公開することにより、安威川ダム建設の調査研究、企画などを公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあったものとは認められず、ひいては本条例八条四号後段の要件を充足するものではないというべきである。

五  本件争点2非公開部分(原判決三枚目表一〇行目〔同九九頁一段二五行目〕参照)が、本条例九条一号(個人の……財産……に関する情報……であって、特定の個人が識別され得るもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの)に該当するかを判断する。

本件争点2非公開部分が、個人の財産に関する情報に該当することは、控訴人も特にこれを争っていないので、一応これを前提にして判断するのに、右非公開部分に記載されている情報は、安威川ダム建設の安全性などの判断に必要な地質上の調査結果である。地質上の情報が土地の価値に影響することのあるのは否定し得ないが、これは付近土地全体についての自然科学上の情報にすぎず、かつ、ダム建設の安全性判断に必要な情報なので、他に特段の事情のない限り、本条例にいう「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」に該当するとは認められず、本件において、右の特段の事情の存することを裏付ける事実関係は認められない。

したがって、本件争点2非公開部分は、本条例九条一号に所定の「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であるもの」ということができない。

六  よって、本件非公開情報に被控訴人主張の非公開事由があるものということはできず、これを非公開とした本件処分は違法である。控訴人の請求を棄却した原判決を取り消した上、本件処分を取り消すべく、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官潮久郎 裁判官山﨑杲 裁判官塩月秀平)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例